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福岡高等裁判所 昭和36年(ツ)65号 判決

判  決

福岡県嘉穂郡筑穂町栄町

上告人

藤島美代子こと

藤島ミヨ子

右訴訟代理人弁護士

高木定義

元福岡県嘉穂郡筑穂町大分礦業所九一棟

送達をなすべき場所不明

被上告人

下永吉満次

右当事者間の福岡地方裁判所昭和三四年(レ)第二二三号貸金請求控訴事件につき同裁判所が昭和三六年六月二七日言渡した判決に対し上告人から全部破棄を求める旨の上告を申立てたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由は別紙記載のとおりである。

上告趣意第一点について

しかし、原審がその引用の証拠により被上告人の妻下永吉シズヱにおいて被上告人に対する本件支払命令正本の送達をうけながらこのことを被上告人に告げることなく、其の後被上告人に無断で同人名義にて異議申立をなし、且つ同人の印章を使用して自己を訴訟代理人とする委任状及び訴訟代理人許可申請書を作成提出し、その許可をえて自ら口頭弁論期日に出頭し、自白をなしたと認めたことにつき未だ所論のごとき実験則違反、審理不尽等の違法があつたとは解し難いのであるから、論旨は理由がない。

同第二点について

一件記録に徴すれば、被上告人が自ら本件控訴状を提出し、且つ控訴審において、適法な委任を受けた訴訟代理人が第一審の口頭弁論の結果を陳述したことが明かである以上、被上告人の妻たる下永吉シヅヱにおいて被上告人名義でなした、支払命令に対する異議申立、また被上告人の訴訟代理人として第一審裁判所に提出した被上告人名義の委任状による訴訟委任及びその後、同代理人としてなした一切の訴訟行為は有効に追認せられたものと解すべく、結局、下永吉シヅヱの訴訟行為は当初から代理権の欠がなかつた行為と同一の効力を有するに至つたのである。

従つて下永吉シヅヱが被上告人の代理人として第一審においてなした自白も有効に追認されたものと解するのほかないのである。

しかるに原審における被上告人の訴訟代理人は原審において本件消費貸借は被上告人の妻たる下永吉シヅヱが被上告人の氏名を冒用して上告人から金員を借用した旨主張するに至つたのであるが、このように第一審においてなした自白と相容れない事実を第二審において主張し、且つその主張事実が証明せられたときは、たとえ第一審においてなした自白が錯誤にもとずき、また真実に反することを主張し、且つ右の立証をしなくとも、暗黙に自白取消の主張があつてその取消がなされたものと解することができるのである。

しかるに原審が前記事情のもとに第一審における自白を有効に追認されたとせず、単に無権代理人たる下永吉シヅヱのなした自白であるとの一事をもつて無効と解したのは、解釈を誤つたものといわねばならないが、原審は挙示の証拠によつて第一審における自白と相容れない事実が証明されたと解したのであるから、上述の理により自白は取消されたものというべく、原審が自白を無効と解したのと結果は同一に帰着するのである。

従つて原判決には所論のごとき違法はなく、論旨は理由がない。

同第三点について

所論は原審の専権に属する証拠の取捨選択及び証明力を争うものであつて、適法の上告理由となりえない。

よつて民事訴訟法四〇一条九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所第四民事部

裁判長裁判官 相 島 一 之

裁判官 池 畑 祐 治

裁判官 藤 野 英 一

上告理由書

第一点

原判決は、判決に影響を及ぼすべきこと明かなる法令に違背し、且つ審理不充分で事実に誤認があるから原判決を取消したる上、原裁判所に差戻し相成度願います。

一、本件記録の全体を精査すれば

1、上告人は(以下原告と略す)昭和三三年七月二〇日第一審裁判所に支払命令の申立をなし右支払命令は、同年八月七日に被上告人(以下被告と略す)の妻が受取り

2、同年八月二三日被告は右支払命令に異議の申立をなし、

3、第一回裁判たる同年一〇月二二日に被告の代理人として被告妻が出廷し「原告の請求は認むる」旨の陳述をしておる。

4、其後同年一一月五日、一一月二六日、一二月一〇日、一二月二四日、昭和三四年一月二八日等の各口頭弁論期日の被告宛の呼出状は受取り乍ら裁判所には出廷しない。

5、処が、昭和三四年二月一一日に於て被告は妻に対する代理人許可申請書及び委任状を裁判所に提出しておる。

6、その後昭和三四年二月二五日の弁論には被告妻が出廷し、同年三月一一日五月六日、六月三日の口頭弁論には被告妻は出廷せず、原審判決となつておる。

7、ここに重要なることは

(イ) 支払命令に対する異議の申立書及び第一回以来、昭和三四年一月二八日の各口頭弁論期日の呼出状、其他には、下永吉なる印を使用し、

(ロ) 昭和三四年二月一一日の代理人許可申請及び委任状並に同日以後の口頭弁論期日の呼出状には下永吉満次なる印を使用しておる。

(ハ) 又被告の控訴申立書にも下永吉満次なる印を使用し、原審判決に至る迄右印を使用しておる。

8、而して、下永吉満次なる印は被告が

(イ) 使用主たる炭坑に届出をなしおる印である。

(ロ) 右印をもつて被告が賃金の受取り食料品其他野菜等の配給の受取りに使用しておる印である。

(ハ) 原審に於ける被告本人訊問調書によれば被告は炭坑に使用され金札作りに従事中と陳述し、被告妻下永吉シヅヱの証言によれば同人は被告と十九年余も同棲しておると陳述しておる。

(ニ) 事実上、被告と妻シヅヱとの間には長女一七才、二女中学一年位、長男小学生の三人の子供がおる。

(ホ) 被告の主張によれば、本件の金円は「古い借金を片附けるために借りた」と被告妻シヅヱは陳述しておるが、民法第七六一条によれば「日常の家事については妻は夫の代理人である」旨の規定があり、被告等の主張する「古い借金」なるものは如何なる性質を帯びた借金であるかについて全然審理をしてない。

(ヘ) 又これを実験則上より見るに子供三人もあり且つ十九年余も同棲した妻が飯塚簡易裁判所迄約二里余も離れ且つ十数回裁判所に出頭するのにその理由を知らずと云う筈は全然ない。

(ト) 記録によれば原告は法律的知識ない婦女で、第一審第二審迄自己で訴訟行為をなし、被告は第二審に於て弁護士を代理人としておるから訴訟上非常なる不利益の地位にある。

6、被告は本件に於て原審判決の結審まぎはなる昭和三五年四月二六日に於て、準備書面で無権代理行為を主張しておるが若し被告の云うが如き事実なれば何故に控訴の第一回弁論より無権代理の主張をしなかつたのか。

10、以上の理由により

(イ) 被告が昭和三四年二月一一日代理人許可申請書及び委任状に、下永吉満次なる印を使用した時に於て、本件の訴訟事件の内容を被告は知り且つ仮に無権代理行為なりとして、妻シヅヱの訴訟行為等に追認をしておることは記録上明かである。

(ロ) 古い借金の支払のため原告から本件金円を借受けたと被告は云つておるが、その古い借金は如何なるもので如何なる内容の債務かについて審理が充分でない。

(ハ) 原審証人原田喜代三の証言によれば、「労働組合が古い借金は解決してやることになつていた」旨の証言があるが本件債務は労働組合による解決の対象になつていたかの点につき審理が充分でない。

(ニ) 十九年も同棲し、子供も三人ある妻が十数回に亘り、二里も離れた飯塚簡易裁判所に出廷するのに夫が知らず内容を聞かぬ等のことは今日実験則上あり得ないことにつき、何等審理がしてない。

(ホ) 若し原審判決の如くによれば、夫婦間の話合により正当なる貸借でも自由にその効力を変更さるゝ危険が充分にある。

以上の理由により原判決は実験則に反し事実を誤認し、法令に違反し、なされた判決であるから、取消しの上、原審に差戻し相成度。

第二点

原判決の理由の部十一行目によれば、「右自白は無権代理人による訴訟行為であるから無効であると云わなければならない」尚支払命令に対する異議の申立も前記の通り無権代理行為であるが、中略、これを追認したものと認めるのが相当である旨を説示してある。

既に異議の申立が無権代理行為であれば、控訴の申立が追認となるの理由はない、又控訴の申立が無権代理の追認でありとすれば被告妻の自白も亦追認されたものと見るべきである。

若し自白を追認でない「控訴の申立により異議の申立を追認として」とすれば、何故に自白を追認でないと認定したかの法律上の理由を原判決に於て説示せねばならぬ。然るに右に出でぬ原判決は理由に不備があり、且つ判決に「齟齬」があるものである。

第三点

原判決に於ては証人大久保国則の証言及び原告本人藤島ミヨ子の証言を単に信用せず、として原告敗訴の判決となつたが同人等の証言は、真実を主張しておる証言であるのに理由も附せず、排斥せられたるは、採証の法則を誤つた不法がある。

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